ガールズパンツァー 激闘マジノ戦ですっ 秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所にからうして思ひ立ちたまへるを、時雨めいてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立いともの古りて木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、 「 故按察使大納言 ( こあぜちのだいなごん ) の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごとも おぼえず 、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、 「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて消息せよ」 とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば、入りて、 「かく御とぶらひになむおはしましたる」と言ふに、おどろきて、 「 いとかたはらいたきことかな 。この日ごろ、むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」 と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、南の廂ひきつくろひて、入れたてまつる。 「いとむつかしげにはべれど、 かしこまり をだにとて。ゆくりなう、もの深き御座所になむ」 と聞こゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。 「常に思ひたまへ立ちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、 つつまれはべりてなむ 。悩ませたまふこと、重くとも、うけたまはらざりけるおぼつかなさ」など聞こえたまふ。, 源氏 物語 若紫 原文." />

源氏 物語 若紫 原文

公開日: 05.03.2020

父宮が帰ったあとも、慰めがたく泣いている。この先、自分の身がどうなるかもしらず、ただ年来離れずそばにいて、今は亡き人になったと思う、そのことがつらく、幼い心の胸ふさがり、いつものように遊ぶことなく、昼はまだしも紛れることもあるが、夕暮れになれば、すっかり気がふさぎ、このようではどうやって日を過ごしたらいいか、慰めもできず、乳母も泣いてしまうのであった。 源氏の元からは惟光が使いでやって来た。 「自ら来るべきですが、内裏からお召しがありますので。お気の毒な様子が、気がかりです」とて、宿直人 を差し向けた。 「味気ないこと。戯れであっても、そもそもの初めからこんな調子では」 「父宮が聞きつけたら、付き添い人たちの怠慢で非難されましょう」 「いいこと、物のはずみで、絶対にこのことを口に出してはいけません」 など言っているが、それをなんとも思わない、幼さであった。 なごりも慰めがたう泣きゐたまへり。行く先の身のあらむことなどまでも思し知らず、ただ年ごろ立ち離るる折なう まつはしならひて 、今は亡き人となりたまひにける、と思すがいみじきに、幼き御心地なれど、胸つとふたがりて、例のやうにも遊びたまはず、昼はさても紛らはしたまふを、夕暮となれば、いみじく 屈 ( く ) したまへば 、かくてはいかでか過ごしたまはむと、慰めわびて、乳母も泣きあへり。 君の御もとよりは、惟光をたてまつれたまへり。 「参り来べきを、内裏より召あればなむ。く 心苦しう見たてまつりしも、しづ心なく 」とて、宿直人たてまつれたまへり。 「あぢきなうもあるかな。戯れにても、もののはじめにこの御ことよ」 「宮聞こし召しつけば、さぶらふ人びとのおろかなるにぞさいなまむ」 「 あなかしこ 、もののついでに、 いはけなく うち出できこえさせたまふな」 など言ふも、それをば何とも思したらぬぞ、あさましきや。.

宮も、なほいと心憂き身なりけりと、思し嘆くに、 悩ましさ もまさりたまひて、とく参りたまふべき御使、しきれど、思しも立たず。 まことに、御心地、例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ、心憂く、「いかならむ」とのみ思し乱る。 暑きほどは、いとど起きも上がりたまはず。三月になりたまへば、いとしるきほどにて、人びと見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど、心憂し。人は思ひ寄らぬことなれば、「この月まで、奏せさせたまはざりけること」と、驚ききこゆ。我が御心一つには、しるう思しわくこともありけり。 御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をもしるく見たてまつり知れる、 御乳母子 ( おんめのとご ) の弁、命婦などぞ、あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、なほ逃れがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ。 内裏には、 御物の怪の紛れ にて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。見る人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使などのひまなきも、そら恐ろしう、ものを思すこと、ひまなし。.

かしこには、今日しも、宮わたりたまへり。年ごろよりもこよなう荒れまさり、広うもの古りたる所の、いとど人少なに久しければ、見わたしたまひて、 「かかる所には、いかでか、しばしも幼き人の過ぐしたまはむ。なほ、かしこに渡したてまつりてむ。 何の所狭きほどにもあらず 。乳母は、 曹司 ( ぞうし ) などしてさぶらひなむ。君は、若き人びとあれば、もろともに遊びて、 いとようものしたまひなむ 」などのたまふ。 近う呼び寄せたてまつりたまへるに、かの御移り香の、いみじう艶に染みかへらせたまへれば、「をかしの御匂ひや。御衣はいと萎えて」と、心苦しげに思いたり。 「年ごろも、あつしく さだ 過ぎたまへる人に添ひたまへるよ、かしこにわたりて見ならしたまへなど、 ものせし を、あやしう疎みたまひて、人も 心置くめりし を、かかる折にしもものしたまはむも、心苦しう」などのたまへば、 「何かは。心細くとも、しばしはかくておはしましなむ。すこしものの心思し知りなむにわたらせたまはむこそ、よくははべるべけれ」と聞こゆ。 「夜昼恋ひきこえたまふに、はかなきものも きこしめさず 」 とて、げにいといたう面痩せたまへれど、いと あてに うつくしく、なかなか見えたまふ。 「何か、さしも思す。今は世に亡き人の御ことはかひなし。おのれあれば」 など語らひきこえたまひて、暮るれば帰らせたまふを、いと心細しと思いて泣いたまへば、宮うち泣きたまひて、 「いとかう思ひな入りたまひそ。今日明日、渡したてまつらむ」など、返す返すこしらへおきて、出でたまひぬ。.

あの山寺の尼君は、病がよくなって山を出た。京のお住まいを探し出して、君は時々手紙を出した。尼君のご返事は相変わらずで、この月頃は、常にも増して物思いにふけり、余事を思う間もない。 秋の末ころは、心細くて嘆きがちであった。月の良い夜、ようやく思い立って忍び通う所に行く気になると、時雨がしとしとふってきた。向かう所は六条京極のあたりで、内裏からは少し遠かったが、荒れた家の木立が古びて暗く見えるあたりがあった。例によっていつもお供する惟光が、 「故按察使大納言の家にお伺いして、ついでにお見舞い申し上げましたが、あの尼上は、大変弱っておいででして、何事にも手につかないのです、と女房たちが申しております」申し上げると、 「あわれなことだ。お見舞すべきであった。どうして教えてくれなかったのだ。入って挨拶せよ」 と仰ったので、人をやって案内させる。わざわざ見舞いに立ち寄ったと指図すると、供の者が入って、 「こうして君がお見舞いに参りました」と挨拶すると、驚いて、 「これはどうしたことか困りました。このところ、まったく具合が悪くなりまして、お会いすることもできないのでは」 と言うが、お帰りになってもらうのも恐れ多く、南の廂の間をかたずけて、お入り願う。 「お加減が大変悪いのですが、お礼だけでもと申して。不調法な奥まった御座所でございますが」 と言う。このような場所は、普段と違った感じがした。 「いつもお見舞いに伺わなければと思いながら、つれないご返事を受けました者として、遠慮しておりました。ご病気が重いことも知らなかった至らなさ」などと仰っている。 かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり。京の御住処尋ねて、時々の御消息などあり。同じさまにのみあるも道理なるうちに、この月ごろは、ありしにまさる物思ひに、 異事 ( ことごと ) なくて過ぎゆく。 秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所にからうして思ひ立ちたまへるを、時雨めいてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立いともの古りて木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、 「 故按察使大納言 ( こあぜちのだいなごん ) の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごとも おぼえず 、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、 「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて消息せよ」 とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば、入りて、 「かく御とぶらひになむおはしましたる」と言ふに、おどろきて、 「 いとかたはらいたきことかな 。この日ごろ、むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」 と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、南の廂ひきつくろひて、入れたてまつる。 「いとむつかしげにはべれど、 かしこまり をだにとて。ゆくりなう、もの深き御座所になむ」 と聞こゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。 「常に思ひたまへ立ちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、 つつまれはべりてなむ 。悩ませたまふこと、重くとも、うけたまはらざりけるおぼつかなさ」など聞こえたまふ。.

姫君は衣にくるまれて伏していたが、むりに起こして、 「こんな、面倒はかけるな。いい加減な男はこんなに尽くさないぞ。女は心がやわらかいのがいい」 などと、今から教えている。 容貌は、離れてみているより気品があって美しく、源氏はやさしく語らって、面白い絵や遊び物を取りに遣わせて、見せてあげて、姫君の気を引くことをする。 ようやく起きだしたのを見ると、濃い灰色の喪服で着なれたのを着て、無心に笑っている様が、すごく美しく、源氏もおのずと微笑んで見てしまうのであった。 源氏が東の対屋に行っている間、姫君は立ち出でて、庭の木立や池の方を見てみると、霜枯れの前菜など絵に描いたように面白く、見たこともない四位五位の人たちが交じって、ひまなく出入りし、「本当に面白い所だ」思う。屏風などの見事な絵を見ながら、楽しんでいるのも、はかないことだ。 源氏は二三日内裏にも参内せず、姫君をなつかせ、話をするのであった。やがて手本にと思ったのか、手習いや絵などいろいろ書いて、見せるのであった。実に上手に書いてためていく。「武蔵野と言へばかこたれぬ」と、紫の髪に書いた墨つきの、格別に見事なのを手にとって見ていた。少し小さい字で、 「まだ共寝はしてないが、あわれに思う、武蔵野の 露わけ行っても逢いがたい紫草の縁のあなたを」 とあった。

  • 宮もまた、心憂き身になった、と思い嘆き、気分も悪くなって、早く参内するようにと、しきりにお使いがくるが、その気になれない。 実際、気分がいつもと違うのは、どうしてか、人知れず思うところもあったが、気が重く、「どうしたのだろう」とのみ思い乱れるのだった。 暑いときは、さらに起き上がりることもしない。三月ほどたつと、それと知れるほどになり、人びとが見て取りざたするようになり、驚くべき宿世のほどを思い、気分が沈んだ。思いもよらぬことゆえ、「この月まで帝に奏上しなかった」と人びとは驚いた。宮ご自身には、はっきり思い当たることもあった。 湯殿などにも親しくお仕えしてに、どんな気色の変化もすぐわかる乳乳母子の弁や王命婦などは、あやしいと思ったが、互いに言い合わすべきものでもないので、逃れがたい宿世の怖さに王命婦は驚きを隠せなかった。 内裏には、物の怪が紛れてすぐには気色がが出ないようにした、と奏上した。周りの人たちもそう思った。帝は限りなくあわれを感じて、しきりに御使いをよこしたので、藤壺は空恐ろしくなり、すっかり物思いに落ち込んでいた。 君は、まづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。「いといたう衰へにけり」とて、ゆゆしと思し召したり。聖の尊かりけることなど、問はせたまふ。詳しく奏したまへば、 「阿闍梨などにもなるべき者にこそあなれ。行ひの労は積もりて、朝廷にしろしめされざりけること」と、尊がりのたまはせけり。 大殿、参りあひたまひて、 「御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと思ひ憚りてなむ。のどやかに一、二日うち休みたまへ」とて、「やがて、御送り仕うまつらむ」と申したまへば、さしも思さねど、引かされてまかでたまふ。 我が御車に乗せたてまつりたまうて、自らは 引き入りて たてまつれり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。 殿にも、おはしますらむと心づかひしたまひて、久しく見たまはぬほど、いとど 玉の 台 ( うてな ) に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。 女君、例の、 はひ隠れて 、とみにも出でたまはぬを、大臣、切に聞こえたまひて、からうして渡りたまへり。ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、 し据ゑられて 、うちみじろきたまふこともかたく、 うるはしうてものしたまへば 、 思ふこともうちかすめ 、山道の物語をも聞こえむ、言ふかひありて、をかしういらへたまはばこそ、あはれならめ、世には心も解けず、うとく恥づかしきものに思して、年のかさなるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく、 思はずに 、.
  • すぐに僧都がやって来た。法師であるが、大変立派なお方で、世間からも尊敬されている人であるから、自分の軽装をはしたない、と源氏は思う。こうして籠っている話などを申し上げて「同じ柴の庵ですが、少しは涼しい水の流れもお見せできるでしょう」と、熱心に言うので、源氏を見たことのない人々にあのようにおおげさに言ったことも、気恥ずかしかったが、あの可愛らしい児の様子も気になって、お出かけになった。 確かに、風流の心があって、同じ草木でも風情があった。月もない頃であれば、遣り水に篝火を配し、灯籠も明かりがともっていた。南面の部屋は涼しげにしつらえていた。空薫物もそれとなく香っていて、仏前の香もみちて、さらに源氏の衣の薫物がただようので、中にいる人たちも緊張したことだろう。 僧都は、世が無常である説話を語り、来世のことなども語って教える。源氏は、自分の罪が恐ろしく、「色恋沙汰に熱中して、生きている限り思い悩むのであろうか。まして来世のことなど空恐ろしい」。と考え続けて、このような出家生活もしたいものだと思い、また昼に見た児の面影が心にかかって恋しいので、 「ここにいらっしゃるのは、どなたですか。夢の中で尋ねてみたいと思いました。それが今日思い当たりました」 と申すと、笑って、 「また突然の夢物語ですね。お尋ねになっても、がっかりなさるでしょう。故按察使大納言は亡くなって久しいので、ご存じないかもしれませんな。その北の方が、わたしの妹です。あの按察使が亡くなってから、妹は出家しましたが、このごろ患うことがあって、わたしは籠っていて京に出ないので、頼り所にして籠っているのですよ」と言う。

源氏物語 5 若紫 わかむらさき

聖、 御 ( おん ) 土器 ( かわらけ ) 賜はりて、 「 奥山の松のとぼそをまれに開けて まだ見ぬ花の顔を見るかな 」 と、うち泣きて見たてまつる。聖、御まもりに、 独鈷 ( とこ ) たてまつる。見たまひて、僧都、聖徳太子の百済より得たまへりける 金剛子 の 数珠 ( ずず ) の、玉の装束したる、やがてその国より入れたる 筥 ( はこ ) の、唐めいたるを、透きたる袋に入れて、五葉の枝に付けて、紺瑠璃の壺どもに、御薬ども入れて、藤、桜などに付けて、 所につけたる 御贈物ども、ささげたてまつりたまふ。 君、聖よりはじめ、読経しつる法師の布施ども、まうけの物ども、さまざまに取りにつかはしたりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、 御誦経などして 出でたまふ。 内に僧都入りたまひて、 かの聞こえたまひしこと、まねびきこえたまへど 、 「ともかくも、ただ今は、聞こえむかたなし。もし、御志あらば、いま四、五年を過ぐしてこそは、ともかくも」とのたまへば、 「さなむ」と同じさまにのみあるを、本意なしと思す 。 御消息、僧都のもとなる小さき童して、 「 夕まぐれほのかに花の色を見て 今朝は霞の立ちぞわづらふ 」 御返し、 「 まことにや花のあたりは立ち憂きと 霞むる空の気色をも見む 」 と、よしある手の、 いとあてなるを 、うち捨て書いたまへり。.

君は、まづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。「いといたう衰へにけり」とて、ゆゆしと思し召したり。聖の尊かりけることなど、問はせたまふ。詳しく奏したまへば、 「阿闍梨などにもなるべき者にこそあなれ。行ひの労は積もりて、朝廷にしろしめされざりけること」と、尊がりのたまはせけり。 大殿、参りあひたまひて、 「御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと思ひ憚りてなむ。のどやかに一、二日うち休みたまへ」とて、「やがて、御送り仕うまつらむ」と申したまへば、さしも思さねど、引かされてまかでたまふ。 我が御車に乗せたてまつりたまうて、自らは 引き入りて たてまつれり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。 殿にも、おはしますらむと心づかひしたまひて、久しく見たまはぬほど、いとど 玉の 台 ( うてな ) に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。 女君、例の、 はひ隠れて 、とみにも出でたまはぬを、大臣、切に聞こえたまひて、からうして渡りたまへり。ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、 し据ゑられて 、うちみじろきたまふこともかたく、 うるはしうてものしたまへば 、 思ふこともうちかすめ 、山道の物語をも聞こえむ、言ふかひありて、をかしういらへたまはばこそ、あはれならめ、世には心も解けず、うとく恥づかしきものに思して、年のかさなるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく、 思はずに 、.

霰が降って、荒れてぞっとする夜だった。 「人が少なく心細いのに、どうやって夜をすごすのか」 と、泣いてしまい、見捨てて行けない気持ちになったので、 「格子を下ろしなさい。今夜は恐ろしい夜になるので、わたしが宿直人になろう。みんな、近くに寄りなさい」 と言って、慣れた様子で御帳の中に入るので、女房たちはとんでもないことと思い、皆あきれてしまった。 乳母は、心配で困ったことと思ったが、声を荒げて騒ぐべきほどでもないので、ただ嘆いている。 姫君は、恐ろしくて、どうなることかと震えて、美しい肌もいかにも寒そうな感じになり、源氏は、それをかわいらしいと思い、単衣だけにおし包んだが、自分でも馬鹿なことをしていると思う一方、やさしく声をかけて、 「さあ、わたしの家へ行こう。面白い絵がたくさんあるし、雛遊びもできますよ」 と、幼い心にうれしいことを仰る様子が、やさしいので、幼い心にも、それほど怖がらなかったが、さすがに、落ち着かず、寝付けないで、もじもじして伏している。 一晩中、風が吹き荒れて、女房たちは、 「君がいらっしゃらなければ、どんなに心細かっただろう」 「どうせなら、姫君がお似合いであらせられたら」 とささやいている。乳母は、心配で、すぐ近くに控えている。風が少し吹き止んで、夜更けに出たが、何か朝帰りの風情である。 門うちたたかせたまへば、心知らぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。 「ここに、おはします」と言へば、 「幼き人は、御殿籠もりてなむ。などか、いと夜深うは出でさせたまへる」と、もののたよりと思ひて言ふ。 「宮へ渡らせたまふべかなるを、そのさきに聞こえ置かむとてなむ」とのたまへば、 「何ごとにかはべらむ。いかにはかばかしき御答へ聞こえさせたまはむ」 とて、うち笑ひてゐたり。君、入りたまへば、いと かたはらいたく 、 「うちとけて、あやしき古人どものはべるに」と聞こえさす。 「まだ、 おどろいたまはじな 。いで、御目覚ましきこえむ。かかる朝霧を知らでは、寝るものか」 とて、入りたまへば、「 や 」とも、え聞こえず。 君は何心もなく寝たまへるを 、抱きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたると、寝おびれて思したり。 御髪かき繕ひなどしたまひて、 「いざ、たまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」 とのたまふに、「あらざりけり」と、あきれて、恐ろしと思ひたれば、 「あな、心憂。まろも同じ人ぞ」 とて、かき抱きて出でたまへば、大輔、少納言など、「こは、いかに」と聞こゆ。.

源氏は瘧病をわずらって、いろいろなまじないや加持祈祷をやってもらったが、効き目がなく、何度も起こるので、ある人が言うに、「北山のなんとかいう寺に、かしこい行者がいます。去年の夏も流行って、まじないの効果がないものが、ただちに病が治った例がたくさんありました。こじらせる場合がたくさんありますので、すぐに行った方がいい」などと言われ、使いを出したが「寄る年波に、部屋の外にも出られない」と申したので、「どうしよう。人目を忍んで行こう」と仰って、供の者四五人ばかり連れて、まだ暁に出かけた。 やや深く山に入ると、三月の末なので、京の花盛りはみな過ぎてしまった。山の桜はまだ盛りで、どんどん入っていくと、霞がかかって風情があり、こんな情景にも慣れておらず、気軽に出歩きできない身なので、めずらしく思った。 寺のたたずまいも、尊い雰囲気である。峰高く、深い巌の中に、聖はいた。登って、誰とも知らせず、大変に粗末な身なりをしていたが、自ずときわだった風采なので、 「ああ、貴い。先日人を遣わされたお方でしょうか。今はこの世のことを思わないので、修験の行法もすっかり忘れたのに、どうしてお越しくださったか」 と驚いたふうで、笑いながら見ている。実に尊い大徳なのであった。さるべき護符などを作り飲ませて、加持をするに、日は高く上がった。

  • 十月に朱雀院の行幸が予定されていた。舞人など、高貴な出の子どもたちや、上達部、殿上人など、それ相応な人びとは、皆選ばれたので、親王や大臣たちはそれぞれの技の練習に余念がなかった。 尼君にも、久しく消息していなかったのを思い出し、人を遣わしたのだが、僧都の返事だけがあった。 「先月の二十日になりますか、ついに亡くなりまして、この世の習いですが、悲しみにひたっています」 などとあるのを見ると、世の中のはかなさも感じられて、「残されて心配された子はどうしているだろう。まだ幼いから、恋しかろう。わたしも母の故御息所に先立たれたから」など、おぼろげながら思い出して、心をこめてお見舞いした。少納言は趣のある返事を申し上げた。 忌みの間が過ぎて、京の邸にいると聞いていたので、他に用事がない夜、源氏自ら出かけた。ひどく荒れた所で、人が少なく、幼い子には恐ろしく感じるだろうと思われる。例の廂の間に通されて、少納言が、尼君の最後の様子など、泣きながら話すると、源氏ももらい泣きする。 すなはち 、僧都参りたまへり。法師なれど、いと 心恥づかしく 人柄もやむごとなく、世に思はれたまへる人なれば、 軽々しき御ありさま を、はしたなう思す。かく籠もれるほどの御物語など聞こえたまひて、「同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも御覧ぜさせむ」と、せちに聞こえたまへば、かの、まだ見ぬ人びとにことことしう言ひ聞かせつるを、 つつましう 思せど、 あはれなりつるありさまも いぶかしく て、おはしぬ。 げに、いと心ことによしありて、同じ木草をも植ゑなしたまへり。月もなきころなれば、 遣水 ( やりみず ) に 篝火 ( かがりび ) ともし、灯籠なども参りたり。 南面 ( みなみおもて ) いと清げにしつらひたまへり。 そらだきもの 、いと心にくく薫り出で、 名香 ( みょうごう ) の香など匂ひみちたるに、君の御 追風 いとことなれば、内の人びとも心づかひすべかめり。 僧都、 世の常なき御物語 、 後世 ( のちのよ ) のことなど聞こえ知らせたまふ。 我が罪のほど恐ろしう 、「あぢきなきことに心をしめて、生ける限りこれを思ひ悩むべきなめり。まして後の世の いみじかるべき 」。思し続けて、かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、 「ここにものしたまふは、誰れにか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる」 と聞こえたまへば、うち笑ひて、 「うちつけなる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御 心劣り せさせたまひぬべし。 故按察使大納言 ( こあぜちのだいなごん ) は、世になくて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。かの 按察使 ( あぜち ) かくれて後、世を背きてはべるが、このごろ、わづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠もりてものしはべるなり」と聞こえたまふ。.
  • 宮も、なほいと心憂き身なりけりと、思し嘆くに、 悩ましさ もまさりたまひて、とく参りたまふべき御使、しきれど、思しも立たず。 まことに、御心地、例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ、心憂く、「いかならむ」とのみ思し乱る。 暑きほどは、いとど起きも上がりたまはず。三月になりたまへば、いとしるきほどにて、人びと見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど、心憂し。人は思ひ寄らぬことなれば、「この月まで、奏せさせたまはざりけること」と、驚ききこゆ。我が御心一つには、しるう思しわくこともありけり。 御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をもしるく見たてまつり知れる、 御乳母子 ( おんめのとご ) の弁、命婦などぞ、あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、なほ逃れがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ。 内裏には、 御物の怪の紛れ にて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。見る人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使などのひまなきも、そら恐ろしう、ものを思すこと、ひまなし。.

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尼君、髪をかきなでつつ、 「けづることをうるさがりたまへど、をかしの 御髪 ( みぐし ) や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。 故 ( こ ) 姫君 ( ひめぎみ ) は、十ばかりにて殿に 後 ( おく ) れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今、おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ。」  とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。.

中将の君 も、 おどろおどろしう さま異なる夢を見たまひて、 合はする者 を召して、問はせたまへば、 及びなう思しもかけぬ筋のこと を合はせけり。 「その中に、 違 ( たが ) ひ目 ありて、慎しませたまふべきことなむはべる」 と言ふに、 わづらはし くおぼえて、 「みづからの夢にはあらず、人の御ことを語るなり。この夢合ふまで、また人に まねぶ な」 とのたまひて、心のうちには、「いかなることならむ」と思しわたるに、この女宮の御こと聞きたまひて、「もしさるやうもや」と、思し合はせたまふに、いとどしくいみじき言の葉尽くしきこえたまへど、命婦も思ふに、いと むくつけう 、わづらはしさまさりて、さらにたばかるべきかたなし。はかなき一行の御返りのたまさかなりしも、絶え果てにたり。.

日もいと長きに、つれづれなれば、夕暮れのいたう 霞 ( かす ) みたるにまぎれて、かの 小柴垣 ( こしばがき ) のもとに立ち 出 ( い ) でたまふ。人々は帰したまひて、 惟光 ( これみつ ) の 朝臣 ( あそん ) とのぞきたまへば、ただこの 西面 ( にしおもて ) にしも、 持仏 ( ぢぶつ ) すゑたてまつりて行ふ尼なりけり。 簾 ( すだれ ) 少し上げて、花奉るめり。中の柱に寄りゐて、 脇息 ( けふそく ) の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。 四十余 ( よそぢあまり ) ばかりにて、いと白うあてに、やせたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、 「なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな。」  と、あはれに見たまふ。.

門うちたたかせたまへば、心知らぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。 「ここに、おはします」と言へば、 「幼き人は、御殿籠もりてなむ。などか、いと夜深うは出でさせたまへる」と、もののたよりと思ひて言ふ。 「宮へ渡らせたまふべかなるを、そのさきに聞こえ置かむとてなむ」とのたまへば、 「何ごとにかはべらむ。いかにはかばかしき御答へ聞こえさせたまはむ」 とて、うち笑ひてゐたり。君、入りたまへば、いと かたはらいたく 、 「うちとけて、あやしき古人どものはべるに」と聞こえさす。 「まだ、 おどろいたまはじな 。いで、御目覚ましきこえむ。かかる朝霧を知らでは、寝るものか」 とて、入りたまへば、「 や 」とも、え聞こえず。 君は何心もなく寝たまへるを 、抱きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたると、寝おびれて思したり。 御髪かき繕ひなどしたまひて、 「いざ、たまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」 とのたまふに、「あらざりけり」と、あきれて、恐ろしと思ひたれば、 「あな、心憂。まろも同じ人ぞ」 とて、かき抱きて出でたまへば、大輔、少納言など、「こは、いかに」と聞こゆ。.

門を供のものに叩かせれば、事情の知らぬ者が開けて、車をゆっくり引き入れさせ、惟光が妻戸を鳴らして咳払いをすれば、少納言が聞き知って出てきた。 「ここに来ております」と言えば、 「幼い人はお休みになっております。どうしてこんな夜更けにお越しになられる」と、ついでに寄ったと思って言う。 「父宮の所へ行ってしまうので、その前に言って置きたいことがある」と仰れば、 「どんな事でしょうか。とてもはきはきしたご返事が聞けるでしょうね」 と言って、笑った。源氏が中へ入ったので、少納言はあわてて、 「みっともない姿で、古女房たちがいますので」と申し上げる。 「まだ目覚めていないな。さあ、わたしが起こそう。こんな朝霧を知らないで眠り込んでいるとは」 と言って入れば、「あれ」と制する声もない。 君は、無心に寝込んでいる姫君を抱き起こすと、おどろいて、父宮のお迎えが来たのだと、寝ぼけて思った。 源氏は髪をなでたりしながら、 「さあ、行きましょう。父宮の使いで参りました」 と仰ると、「父宮ではないわ」と、びっくりして、恐ろしく感じたので、 「ああ、残念だ。わたしも同じ人間だよ」 とて、抱いたまま出たので、惟光、少納言など、「これは、どうするつもりか」と言う。 君は、上を恋ひきこえたまひて泣き臥したまへるに、御遊びがたきどもの、 「 直衣 ( なおし ) 着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」 と聞こゆれば、起き出でたまひて、 「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら。宮のおはするか」 とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし。 「宮にはあらねど、また 思し放つ べうもあらず。こち」 とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、悪しう言ひてけりと思して、乳母にさし寄りて、 「いざかし、ねぶたきに」とのたまへば、 「今さらに、など忍びたまふらむ。この膝の上に大殿籠もれよ。今すこし寄りたまへ」 とのたまへば、乳母の、 「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」 とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて探りたまへれば、なよらかなる御 衣 ( ぞ ) に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる。手をとらへたまへれば、 うたて 例ならぬ人の、かく近づきたまへるは、恐ろしうて、 「寝なむ、と言ふものを」 とて、強ひて引き入りたまふにつきてすべり入りて、 「今は、まろぞ思ふべき人。な疎みたまひそ」 とのたまふ。乳母、 「いで、あなうたてや。 ゆゆしう もはべるかな。聞こえさせ知らせたまふとも、さらに何のしるしもはべらじものを」とて、苦しげに思ひたれば、 「さりとも、かかる御ほどをいかがはあらむ。なほ、ただ世に知らぬ心ざしのほどを見果てたまへ」とのたまふ。.

かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり。京の御住処尋ねて、時々の御消息などあり。同じさまにのみあるも道理なるうちに、この月ごろは、ありしにまさる物思ひに、 異事 ( ことごと ) なくて過ぎゆく。 秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所にからうして思ひ立ちたまへるを、時雨めいてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立いともの古りて木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、 「 故按察使大納言 ( こあぜちのだいなごん ) の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごとも おぼえず 、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、 「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて消息せよ」 とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば、入りて、 「かく御とぶらひになむおはしましたる」と言ふに、おどろきて、 「 いとかたはらいたきことかな 。この日ごろ、むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」 と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、南の廂ひきつくろひて、入れたてまつる。 「いとむつかしげにはべれど、 かしこまり をだにとて。ゆくりなう、もの深き御座所になむ」 と聞こゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。 「常に思ひたまへ立ちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、 つつまれはべりてなむ 。悩ませたまふこと、重くとも、うけたまはらざりけるおぼつかなさ」など聞こえたまふ。.

姫君は衣にくるまれて伏していたが、むりに起こして、 「こんな、面倒はかけるな。いい加減な男はこんなに尽くさないぞ。女は心がやわらかいのがいい」 などと、今から教えている。 容貌は、離れてみているより気品があって美しく、源氏はやさしく語らって、面白い絵や遊び物を取りに遣わせて、見せてあげて、姫君の気を引くことをする。 ようやく起きだしたのを見ると、濃い灰色の喪服で着なれたのを着て、無心に笑っている様が、すごく美しく、源氏もおのずと微笑んで見てしまうのであった。 源氏が東の対屋に行っている間、姫君は立ち出でて、庭の木立や池の方を見てみると、霜枯れの前菜など絵に描いたように面白く、見たこともない四位五位の人たちが交じって、ひまなく出入りし、「本当に面白い所だ」思う。屏風などの見事な絵を見ながら、楽しんでいるのも、はかないことだ。 源氏は二三日内裏にも参内せず、姫君をなつかせ、話をするのであった。やがて手本にと思ったのか、手習いや絵などいろいろ書いて、見せるのであった。実に上手に書いてためていく。「武蔵野と言へばかこたれぬ」と、紫の髪に書いた墨つきの、格別に見事なのを手にとって見ていた。少し小さい字で、 「まだ共寝はしてないが、あわれに思う、武蔵野の 露わけ行っても逢いがたい紫草の縁のあなたを」 とあった。 尼君は髪をかき撫でつつ、 「櫛でとくのを嫌がるのですが、いい髪ですjこと。頼りなげな子であるから、後のことがとても気になります。この年ごろになれば、もっとわかってもいいものを。亡くなった姫君は、十くらいで父に先立たれましたが、よく物事を理解していました。今わたしが逝ってしまったら、この子はどうやって世に暮らしていけるのだろう」 としみじみ泣くのを見ると、無性に悲しい。幼心にもさすがにじっと見つめて、伏し目になってうつ伏したので、こぼれかかった髪がつやつやして美しい。 「成長してどのようになるかもわからぬ子を残して、 わが身だけ露と消えることができようか」 そばの女房が、「本当に」と泣いて、 「この子が成長してゆく先も知らずに どうして露の命と消えていいものでしょうか」 と申し上げると、僧都があちらから来て、 「外から丸見えではありませんか。今日に限って端の方にいらっしゃるのですね。この上の聖の所に、源氏の中将が瘧病のまじないを受けに来ておられると、ただ今お聞きしました。厳重なお忍びですので、知らないで、ここに居ながらお見舞いにもお伺いしていない」と言えば、 「あら大変だ。不様な処を人に見られたのかしら」と簾をおろした。 「今、世評の高い光る源氏を、この機会に見たいものだ。見れば、世を捨てた法師ですら、世の憂いを忘れ、命が伸びるほどのお人です。さあ、ご挨拶申し上げよう」 とて、立つ音がしたので、源氏は帰った。 こちらは住んでいない対屋なので、御帳なども置いてない。惟光を呼んで、御帳、御屏風など、あちこちから用意した。御几帳の帷子をおろし、御座などをすぐ使えるように用意して、東の対屋から寝具をもってきて、お休みになった。 姫君は、すごく気味が悪く、どうするのだろうと震えていたが、さすがに声を立てて泣くことはしなかった。 「少納言と寝る」 と言った声が、すごく幼い。 「今はもうそんな風にお 寝 ( やす ) みできませんよ」 と教えさとしたので、わびしくなって泣き伏してしまった。乳母は横にもなれず、わけもわからず起きていた。 明けゆくにつれて、見わたせば、御殿の造りや造作の様子は言うに及ばず、庭の白砂も玉を重ねたように見えて、輝くような気持ちがするが、少納言は気後れしたが、こちらには女などは控えていなかった。稀にくる客が来たとき招じ入れる所なので、男ともが御簾の外に控えている。 こうして、人を迎えると聞く人は、「誰だろう。並みの人ではあるまい」とひそひそ話す。手水や粥などが運ばれてくる。日が高くなってから起きて、 「人手がなくて、不便だろうから、しかるべき人びとを、夕方に迎えに行きなさい」 と仰って、対屋に童女を呼びにやる。「小さい者だけ、来るように」と仰せになると、じつにかわいらしいのが、四人やって来た。

知っておきたい:

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  1. 君は 御衣 ( おんぞ ) にまとはれて臥したまへるを、せめて起こして、 「かう、心憂くなおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は心柔らかなるなむよき」 など、今より教へきこえたまふ。 御容貌は、さし離れて見しよりも、清らにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、遊びものども取りに遣はして、見せたてまつり、御心につくことどもをしたまふ。 やうやう起きゐて見たまふに、 鈍色 ( にびいろ ) のこまやかなる が、うち萎えたるどもを着て、何心なくうち笑みなどしてゐたまへるが、いとうつくしきに、我もうち笑まれて見たまふ。 東の対に渡りたまへるに、立ち出でて、庭の木立、池の方など覗きたまへば、霜枯れの前栽、絵に描けるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位、五位こきまぜに、隙なう出で入りつつ、「げに、をかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするもはかなしや。 君は、二、三日、内裏へも参りたまはで、この人をなつけ語らひきこえたまふ。やがて本にと思すにや、手習、絵などさまざまに書きつつ、見せたてまつりたまふ。いみじうをかしげに書き集めたまへり。「武蔵野と言へばかこたれぬ」と、紫の紙に書いたまへる墨つきの、いとことなるを取りて見ゐたまへり。すこし小さくて、 「 ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の 露分けわぶる草のゆかりを 」 とあり。. 君は、上を恋ひきこえたまひて泣き臥したまへるに、御遊びがたきどもの、 「 直衣 ( なおし ) 着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」 と聞こゆれば、起き出でたまひて、 「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら。宮のおはするか」 とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし。 「宮にはあらねど、また 思し放つ べうもあらず。こち」 とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、悪しう言ひてけりと思して、乳母にさし寄りて、 「いざかし、ねぶたきに」とのたまへば、 「今さらに、など忍びたまふらむ。この膝の上に大殿籠もれよ。今すこし寄りたまへ」 とのたまへば、乳母の、 「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」 とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて探りたまへれば、なよらかなる御 衣 ( ぞ ) に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる。手をとらへたまへれば、 うたて 例ならぬ人の、かく近づきたまへるは、恐ろしうて、 「寝なむ、と言ふものを」 とて、強ひて引き入りたまふにつきてすべり入りて、 「今は、まろぞ思ふべき人。な疎みたまひそ」 とのたまふ。乳母、 「いで、あなうたてや。 ゆゆしう もはべるかな。聞こえさせ知らせたまふとも、さらに何のしるしもはべらじものを」とて、苦しげに思ひたれば、 「さりとも、かかる御ほどをいかがはあらむ。なほ、ただ世に知らぬ心ざしのほどを見果てたまへ」とのたまふ。.
  2. 霰が降って、荒れてぞっとする夜だった。 「人が少なく心細いのに、どうやって夜をすごすのか」 と、泣いてしまい、見捨てて行けない気持ちになったので、 「格子を下ろしなさい。今夜は恐ろしい夜になるので、わたしが宿直人になろう。みんな、近くに寄りなさい」 と言って、慣れた様子で御帳の中に入るので、女房たちはとんでもないことと思い、皆あきれてしまった。 乳母は、心配で困ったことと思ったが、声を荒げて騒ぐべきほどでもないので、ただ嘆いている。 姫君は、恐ろしくて、どうなることかと震えて、美しい肌もいかにも寒そうな感じになり、源氏は、それをかわいらしいと思い、単衣だけにおし包んだが、自分でも馬鹿なことをしていると思う一方、やさしく声をかけて、 「さあ、わたしの家へ行こう。面白い絵がたくさんあるし、雛遊びもできますよ」 と、幼い心にうれしいことを仰る様子が、やさしいので、幼い心にも、それほど怖がらなかったが、さすがに、落ち着かず、寝付けないで、もじもじして伏している。 一晩中、風が吹き荒れて、女房たちは、 「君がいらっしゃらなければ、どんなに心細かっただろう」 「どうせなら、姫君がお似合いであらせられたら」 とささやいている。乳母は、心配で、すぐ近くに控えている。風が少し吹き止んで、夜更けに出たが、何か朝帰りの風情である。
  3. やうやう人参り集りぬ。御遊びがたきの 童女 ( わらわべ ) 、 児 ( ちご ) ども、いとめづらかに今めかしき御ありさまどもなれば、思ふことなくて遊びあへり。 君は、男君のおはせずなどして、さうざうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひきこえたまひて、うち泣きなどしたまへど、宮をばことに思ひ出できこえたまはず。もとより見ならひきこえたまはでならひたまへれば、今はただこの後の親を、いみじう睦びまつはしきこえたまふ。 ものより おはすれば、まづ出でむかひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りゐて、いささか疎く恥づかしとも思ひたらず。 さるかたに 、いみじうらうたきわざなりけり。 さかしら心あり、何くれとむつかしき筋になりぬれば 、 わが心地もすこし違ふふしも出で来やと、心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかのこと、おのづから出で来るを 、いとをかしきもてあそびなり。女などはた、かばかりになれば、心やすくうちふるまひ、隔てなきさまに臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いとさまかはりたる かしづきぐさ なりと、思ほいためり。.

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